サーバーラックの保守期限は迫っているが、業務システムのIPアドレスを動かすと何が起きるか分からない。そこで止まったままのクラウド化案件は少なくありません。L2延伸(レイヤー2レベルでネットワークを跨いで延伸する手法)は、全面移行の前に現場を止めないための逃げ道にも、段階移行の足場にもなります。

「来期にサーバー室を畳んでクラウド化したい」という方針が経営から下りてきた。手を動かし始めて最初にぶつかるのが、業務システムのIPアドレスを動かせるか、という地味な問題です。

図面共有サーバー、生産管理端末、医療機器の制御PC、入退室システムの管理サーバー──固定IPで運用されている機器は、想像より多く社内に残っています。「IPを変えなければそのまま動くのに」という声が、移行プロジェクトのどこかで必ず上がります。

IPを変えられない理由は、現場では珍しくない

クラウド移行を進める際にIPアドレスを変更できない、あるいは変更コストが高すぎる、というケースには次のようなものがあります。

  • ハードコードされたIPを持つレガシー業務システム ── 設定ファイル・スクリプト・アプリケーション内に固定IPが書き込まれており、ソース改修や再テストが必要になる
  • ライセンスサーバー・USBドングル・古いSCADAやPLC ── 製造業の生産設備で、特定IPでしか通信を受け付けない機器
  • セキュリティアプライアンスや監視ツールのルール ── ファイアウォール、IDS、SIEM、資産管理ツールのポリシーがIP単位で書かれている
  • 医療機器・検査機器のネットワーク設定 ── 検査オーダーや画像転送のための固定IP連携
  • ベンダーロックされたパッケージ製品 ── 保守ベンダーが「IP変更時は再構築扱い」として高額見積りを出してくる

クラウド移行の課題を整理した記事でも、ネットワーク設計次第でIPアドレスが変わるとアプリケーション改修まで波及し、実装・テストを含めてプロジェクトが長期化する点が指摘されています。教科書的には「DNS(FQDN)ベースの管理に切り替えるべき」という助言が並びますが、稼働中の業務システムに手を入れるのは、別の難しさを伴います。

サーバー単位の移行とは違う発想 ── オフィスごとクラウドへ延伸する

クラウド移行の議論は、ほとんどがサーバー単位の話です。「このVMをどう動かすか」「このDBをどうリプレイスするか」「ワークロードをコンテナへ寄せるか」──IPアドレスの議論も多くはこの粒度で行われます。

これとは別軸で、オフィス事務所のLANそのものをクラウドの中まで延伸するという発想があります。サーバーを一台ずつ持ち上げるのではなく、「オフィスの島がクラウドの中に出張所を持つ」イメージに近いものです。L2(イーサネット層)で延伸するため、オフィス側のIPアドレス設計をそのまま持ち込めます。

オフィスLANをクラウドの中まで延伸する オフィスLAN 192.168.10.0/24 PC 業務機器 複合機 クラウド 192.168.10.0/24(同一) サーバー DR待機 増設機 L2トンネル(暗号化VPN) オフィスとクラウド側を1つのL2セグメントとして扱える ── IPアドレス設計は据え置き
図1:オフィスとクラウドをL2で延伸するイメージ。クラウド側の機器が、オフィスLANの一員として動く構成になる。

この構成が現実解になる場面

オフィスごとクラウドへ延伸する構成は、次のようなシーンで効きます。

  • サーバー室を段階的に畳む ── オフィス側の機器をそのままにして、クラウド側に同一セグメントの機器を立て、業務を止めずに少しずつ寄せていく
  • ハードウェアの納期問題を避ける ── 物理サーバーの調達が長期化する局面で、クラウド側で先に増設してオフィスLANの延長として使う
  • BCP用の待機環境 ── 本番と同じネットワーク・同じIP帯でクラウド側に待機系を置き、災害時のフェイルオーバー手順を簡素にする
  • オフィス物理スペースの逼迫 ── 部署増設や設備更新で社内ラックに余裕がない場合、クラウド側にオフィスの一部を出す

導入前に整理しておきたい3つの確認軸

1. 帯域と遅延に対する業務要件

L2延伸は暗号化VPNトンネルを通すため、帯域と遅延はWAN回線の品質に依存します。データベース同期書き込みやストレージのブロック複製のようにレイテンシ要件が厳しい用途では、設計段階で実測を踏まえた検証が必要です。一方、ファイル共有・社内ポータル・業務アプリのクライアント-サーバー通信などは、多くの実装で実用域に収まります。

2. 暫定運用か、恒常構成か

L2延伸は、サーバー単位の移行を進める間の「過渡期の道具」として使う場面もあれば、IP変更の影響が大きすぎる業務システムをクラウド延伸して恒常的に併用する構成として使う場面もあります。どちらの立て付けで使うかを最初に決めると、運用設計のぶれが減ります。

3. 運用主体と監視体制

L2延伸装置の運用、トンネルの監視、障害時の切り分けを誰が担うかを契約前に明確にしておく必要があります。社内のIT担当が兼任で抱えるのか、SIerに監視・保守を委ねるのかで、月次の費用構造と障害対応のスピードが変わります。

クラウド化は「全部移す」だけが正解ではない

クラウド移行は、必ずしも全システムを一度に載せ替える前提で考えなくてもよいものです。オフィスLANをクラウドへ延伸して併用するという発想は、IPアドレスを動かせない現場にとって、移行期間と業務停止リスクを分けて考えるための選択肢になります。

フォースネット株式会社の『L2延伸BOX』は、システムインテグレーションのノウハウを基に自社開発した、オフィスとクラウドをL2でつなぐ装置です。IDCFクラウドへの対応から始まり、IPアドレスを変えにくい業務システムのクラウド移行で使える構成として提供しています。

参考資料

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